「お願いします! 魔王を倒してください!」
「お断りします」

 春の桜舞う季節。寒い冬が過ぎて暖かくなると、ちょっと変な人が出てくる。
「いやー、アレス社長……即答でしたね」
「だって、無理だし。あんな無理難題を突きつけてくる時点で、もう客じゃないよ」

 客――重要な依頼があるからと、僕ら『冒険者ギルドMAS』に手紙が届いた。待ち合わせ場所へ秘書と一緒に来てみると、依頼内容が魔王討伐とゆー無茶な話。確かに悪魔族の王である『魔王』は実在するらしいけど、そもそも近年は活動らしい活動を聞かない。
 ただ、魔王や上級悪魔族はおとなしいものの、下級の悪魔族は世界各地に出没しており、世間一般の人々の脅威となっている。このため、王国騎士隊や僕らのような冒険者が悪魔族討伐を行っているけれど、今日の話に限らず魔王討伐という突拍子もない依頼が結構あったりする。
 世の人々には、全ての冒険者が勇者や英雄かのように思われているのかもしれない。

 ちなみに、冒険者といっても能力は様々で、剣も魔法も扱えるオールラウンダーなヒーロータイプや、魔法に特化したウィザードタイプ。調査や探索が得意なスカウトタイプなどなど。
 特殊なタイプとしては、僕――アレス=ミライのような、マーチャントタイプ。いわゆる、商人だ。戦闘には不向きだけど、膨大なアイテム知識で冒険を支援する。
 これら冒険者の中には、魔王を倒すことを目標としている者もいれば、うちのようなギルドに所属し、その能力を仕事として活かす『職業冒険者』という者もいる。そして、冒険者の大半が後者にあたる。

「アレス社長。次は13区の魔道結界案件の進捗会議です」
「ん? それは明日じゃなかったっけ?」
「あっ! す、すみません。では、今日の予定は以上です」
「そっか。じゃあ、ギルドに帰ろうか」

 秘書のユカ君。
 社長といっても弱小ギルドなので、秘書を置く程ではないけれど、訳あって雇っている。
 さらっさらの黒髪ストレートで、小柄な少女。小さな顔と大きな瞳が何となく、小動物を連想させる。見た目は可愛いが、秘書としてはうっかりミスが多いのが玉にキズ。だけど美少女が居ると場が和み、交渉や会議がスムーズに進むので、必ず傍に置いている。

「ただいまー」
「ただいま戻りましたですー」

 毎日掃除する看板をくぐり、うちのギルドへ帰ってきた。
 個人で運営している小さなギルドだけど、ここウエストシティは冒険者ギルドがまだ少なく、それなりに依頼もある。ちなみに、首都イーストシティでは依頼も多い分、ギルドが乱立して競争が激しいらしい。

「おかえりなさい。アレスさん、ユカちゃん」

 受付兼経理担当のマリーさんが、いつも通り無表情で迎えてくれる。

「マリーさん、僕の外出中に何かありました?」
「依頼相談が1件と、飛び込みで雇って欲しいと言う冒険者が1名来られました」
「ふーん。依頼相談ってのは?」
「夜間の護衛依頼でした。最近不審者の視線を感じるそうで、後ほどまた来られるそうです」

 護衛は、うちで一番多い依頼。
 冒険者ギルドと一口に言っても、所属する冒険者のタイプはギルドによって様々で、うちはファイタータイプ--力自慢の冒険者が多く所属している。確かファイタータイプの冒険者が2人、依頼待ちの状態だったはず。

「りょーかい。飛び込みの冒険者ってのは?」
「はい、そこでお茶飲んでます」

 相変わらず無表情なマリーさんの視線の先に、まったりお茶を飲んでいる少女がいた。